ジンギスカンは、羊のマトンやラム肉を専用のジンギスカン鍋で調理する焼肉です。現在では、日本各地で食されているジンギスカンですが、その食文化の歴史は一体どのように始まったのでしょうか?ここでは、ジンギスカンが世の中に広まったきっかけを遡り、ジンギスカンの歴史についてお届けしたいと思います。

目次

羊毛生産が目的で輸入から始まった羊肉

羊を見たことがなかった日本人

羊肉が日本へ浸透し始めたのは、明治時代になってからです。その頃から日本で毛織物需要が大きく増えたことで、羊毛国内生産の飼育が始まったことがきっかけです。また、昔の日本に羊はいなかったので、姿形を知っている人はいませんでした。しかし「干支」に羊が含まれていたため、存在自体は知っているという生き物でした。

羊飼育の始まりは長崎県

1805年に長崎県西海市付近に羊を輸入し、飼育を試みましたが失敗に終わってしまいます。同じ時期に現在の東京都豊島区巣鴨付近で中国から輸入した羊を飼育し、1857年に北海道函館市へと送られています。北海道の羊の始まりは中国から輸入し、東京で育てられた羊ということになります。

北海道が行った羊肉の普及活動

北海道では当時の滝川種羊場長によって、羊肉料理の普及が積極的に行われていました。羊肉の調理法などが雑誌でも紹介され、大きく力が注がれた時代でもあります。

北海道に根付くジンギスカン文化

羊肉の色々なレシピと調理法を説明して普及を図っており、当時の食べ方は現在のジンギスカンの食べ方とは異なった羊肉の臭みを消して食べる方法が紹介されています。この当時の取組みが、現在のジンギスカンの普及に繋がる大きなきっかけであり、様々な試行錯誤を重ねて多くの人に愛されるジンギスカンへと発展していくことになります。

ジンギスカンとは羊肉の焼肉料理

ジンギスカンというのは羊肉を生のまま、あるいはタレに漬け込み、玉ねぎ・もやし・ピーマン・人参などの野菜と一緒に専用鍋で焼いた北海道の郷土料理です。ジンギスカンを食べる際には専用のジンギスカン鍋が使われます。鉄製でお鍋の真ん中が盛り上がり焼く部分には溝ができた形をしており、羊肉の肉汁が周りの野菜にかかることで野菜も美味しく食べれるようになっています

地域による食べ方の違い

北海道ではほぼ全域でジンギスカンが食べられています。ビールとの相性も良く北海道では宴会料理や観光客の名物料理としても人気です。ただジンギスカンへの愛が強いからこそ地域や人によってこだわりが強く反映されています。道具やタレ、野菜など様々ありますが、特に分かれるのが「タレの後付け派」と「味付け派です。

沿岸部は後付け派

岸部・都市部の月寒や札幌では、生の羊肉を野菜と一緒に焼いてタレに付けて食べる後付けジンギスカンが主流です。沿岸部で育った人は魚文化の影響から、羊肉独特の臭いにそこまで敏感ではなかったためと言われています。羊肉独特の匂いを楽しみたい方や頻繁に食べている方は、匂いが癖になってしまって牛・豚では物足りないと中毒性があります。ちなみに筆者のわたしは独特の匂いの中毒者です…

内陸部は味付け派

内陸部の滝川では、予め羊肉がタレで味付けされた物を野菜と一緒に煮込む味付けジンギスカンが主流です。内陸部の人は沿岸部の人に比べ、匂いに敏感だったため先に味を付けたと言われています。もみダレでしっかりと漬け込んだ羊肉は苦手な人でも独特の臭みをほとんど感じないので、初めて食べる人やあまり得意ではない人にはおすすめです。

ジンギスカンに使われる羊肉の種類

羊肉は基本的に3つの種類があります。「ラム」「ホゲット」「マトン」があり、それぞれ生まれてからの期間によって分けられています。ジンギスカンはヘルシー料理として人気があります。羊肉は牛肉や豚肉と比較すると低カロリーで、野菜もふんだんに盛って食べられます。

ラム

ラムは生後1年未満の仔羊肉です。マトンに比べて羊肉の風味がほとんどしないのが特徴です。臭みもなく柔らかいので、そのまま焼いてお好みのタレを付けて食べるのが一般的です。

ホゲット

ホゲットは1~2歳未満とラムとホゲットの中間にあたる羊のお肉です。ホゲットはすべて国産品で、羊肉全体の1%しか出回っていない希少なお肉です。程よく脂が乗っていて、ラム同様に羊肉独特の匂いはほとんどしません。お店で見つけたらぜひオーダーしていただきたいお肉です。

マトン

マトンは2歳以上経過した大人のお肉です。牧草のような独特の香りで少しクセがありますが、脂が乗っていて味もしっかりしています。タレに漬けて食べられることが多いです。クセのある羊肉が好きという方はマトン肉、初めて食べるという方にはラム肉がおすすめです。

ジンギスカンの発祥・由来とは

ジンギスカンは日本発祥の料理

ジンギスカンと聞くと広大な草原が続くモンゴルをイメージされる方もいますが、実は中国料理を元にして生まれた日本発祥の料理です。ジンギスカンに似た料理に中国料理のコウヤンロウといわれる羊肉を焼く料理があるのですが、これを日本人の口に合うようにアレンジされた料理としてジンギスカンが生まれたといわれています。

羊肉の食用習慣は戦時中が始まり

本来、日本人は羊肉を食べる習慣はありません。しかし日本が戦時中で中国に満州国を建国する頃、北海道では軍用制服に使う羊毛自給のために羊の飼育場が作られ、大量の羊毛調達に羊を飼い始めます。羊の食用習慣の無い日本人は羊肉の活用を考えた末に、日本人でも食べられる羊肉料理の開発がなされ、中華料理のコウヤンロウを参考にジンギスカンが誕生するのです。

ジンギスカンの由来

ジンギスカンの由来には色々な説があります。モンゴル帝国を築いた初代皇帝が野戦の陣中食に食べていた、源氏武将の源義経が北海道を渡りモンゴルでジンギス・カンとなった。また満州国初代総務長官がコウヤンロウをチンギス・カンをイメージして名付けたなど、様々な説があります。

ジンギスカンが家庭に浸透するまで

食用羊が広まるきっかけはめん羊

札幌周辺の中地中心域では、めん羊が広まります。そのきっかけとなった出来事には、第一次世界大戦の時に軍隊、警察、鉄道員など、制服を作る際に羊毛自給が必要になったことです。

めん羊とジンギスカンは関係ないのでは?

めん羊をはじめとする食用の羊も育てることが始まります。農家収入の増加を狙ってめん羊も増やすという、めん羊百万頭計画が持ち上がったことで、羊肉が入手しやすくなったことが一因に挙げられます。こうして札幌周辺では、徐々にジンギスカンが地域に広がっていきました。昭和初期には北海道の各地域で広くジンギスカンが食べられるようになります

栄養価の高い余った羊肉の有効活用

羊肉を「羊毛生産の副産物でどうにか有効活用することはできないか」そう考えた政府は、羊肉食の普及にも努めていました。この頃は北海道札幌市のデパートに羊肉を送ったり、一般家庭向けに羊肉を紹介したりしながら、宣伝活動が積極的に行われていた時代でした。めん羊飼育の頭数が大幅に増加、農村で栄養改善が行われたことなどを機に、羊肉の消費が一気に拡大していく流れになっていきます。

ジンギスカンが人気になった背景

様々な羊肉料理が考案される中でジンギスカンがこのように有名になったのは、調理の簡単さにあります。肉と野菜を切って焼く簡単な調理法や、家庭で家族揃って鍋を囲むスタイルは、当時家族を支えるために過酷な農作業で大変だった農民の暮らしにとって救世主的な食事でした。また簡単にできることから家事軽減にも繋がっていました。このような側面も歴史の背景にはあります。

ジンギスカンとめん羊歴史の関わりは深い

ジンギスカンの歴史には札幌近郊のめん羊歴史は外すことのできない事柄です。ジンギスカンの歴史で食用羊が広まったのは、めん羊増産計画からなのです。

実際に一般家庭に広まったのは第二次大戦後

第二次大戦後、食糧難の中で羊が比較的安く入手できる食材でありながら栄養価が豊富であることで、札幌から北海道内でジンギスカンが広まったと言われています。かつて食習慣のない日本では羊肉は臭くて食べられないと言われていましたが、ジンギスカンを美味しく食べる方法の普及が広まっていったことで、北海道のソウルフードと呼ばれるまでに発展していったのです。

北海道の郷土料理になったジンギスカン

ジンギスカンといえば、いまでは郷土料理百選に選ばれ、名実共に現在の北海道郷土料理として有名です。いまの地位に上り詰めるまでには、様々な企業の努力やタイミング良く起きた運を自らの手で掴んだ過去がありました。

北海道で定番の成吉思汗たれ

ベル食品から「成吉思汗たれ」が発売された1956年には、ジンギスカンの知名度は徐々に広がっていました。しかし家庭料理としての認知度はまだまだでしたが「成吉思汗たれ」の登場によって、北海道民にとってより身近な食べ物として発展していきました。

画期的な商品アイディア

発売当初は成吉思汗たれの売れ行きは伸び悩んでいました。その原因を「家庭でジンギスカンを食べる習慣がない」と考え、1958年に箱に特製鍋をセットにして売り込むことを始めます。そしてこのアイデアが功をなして、結果「成吉思汗たれ」の売り上げが徐々に伸びていきます。この画期的なアイデアがいまのジンギスカンを作った第一歩ともいえます。

地道な営業努力

栄養士を講師として招いて講習会を道内各地で開催しながら、ジンギスカン料理を広めることに尽力します。こうした努力の甲斐もあり、成吉思汗たれは北海道で大ヒット商品へと成長しました。当時、北海道観光ブームが起こり「ビールとジンギスカンといえば北海道」のイメージが定着していったのもこの頃です。このようなブームがきかけとなり、ジンギスカンの浸透に拍車をかけていくことになります。

北海道の郷土料理になるまで

札幌に精養軒が出来た後も、現在のジンギスカン程は広まっていませんでした。その後に札幌を中心に花見、運動会、海水浴などレジャー場所でジンギスカンを楽しむ人が増えていきます。さらに屋外行事や教育機関の炊事遠足などでも、ジンギスカンが作られる時代に変わっていき、世の中に広く普及することになっていくのです。

「狂牛病」をきっかけに一躍ブームに

北海道遺産のひとつにジンギスカンが仲間入りをしたその後、狂牛病の流行で羊肉の健康効果に大きな注目が集まりました。そこからジンギスカンブームの大きな波が到来します。これはジンギスカンの歴史の中で、北海道以外の地域へもジンギスカンの存在が大きく広まる契機になったといえます。

ジンギスカンの鍋について

ジンギスカンのために作られた鍋

ジンギスカンを食べる上で欠かせないのが、鋳物製の専用鍋です。本来、網や鉄板で焼いて食べられていたジンギスカンですが、第二次大戦後から専用鍋が使用されるようになってきます。厚い鋳物製の鍋は、保温力があり沢山の肉を置いても冷めにくく、屋外料理として大勢で食べることが多いジンギスカンに最適なのです。

それぞれの食材の良さを引き出し、邪魔をしない

中央の盛り上がった部分に肉を置くので、余分な脂が流れてお肉を香ばしく焼くことができます。また野菜は鍋の端で焼くことで野菜から出る水分が肉に届かないなど、ジンギスカンのためによく考えられた鍋になっています。この専用鍋で食べるジンギスカンは別格です。

ヘルシーなジンギスカンに注目が集まる

栄養価の高いジンギスカン

羊肉は非常に栄養価の高い食材として重宝されており、必須アミノ酸・不飽和脂肪酸・ビタミン類が豊富に含まれています。

必須アミノ酸

ラム肉には必須アミノ酸が豊富に含有されていて、体の免疫力アップに必要なリシン、アレルギー緩和のメチオニン、食欲抑制のフェニルアラニンなどが挙げられます。体内合成できない必須アミノ酸がバランス良く含有されているので、私達の体の健康に役立つ良質なたんぱく質源になるのです。

不飽和脂肪酸

ラム肉には体に良いとされる不飽和脂肪酸が含有されています。油脂にはいくつか種類があり、それぞれ私達の体への及ぼす影響というのが異なります。不飽和脂肪酸は魚や植物性食品に多く含有されているもので、現代人の生活習慣病と言われている動脈硬化、血栓予防、高血圧、悪玉コレステロールなどを改善させる作用があります。

ビタミン類

ラム肉には多くのビタミン類も含有されています。基本的に肉類は多くのビタミンが含有されているのですが、ラム肉にはビタミンB1ビタミンB2ビタミンEが豊富に含有されています。栄養素代謝をサポートする皮膚や粘膜を健康に保ち、悪玉コレステロールによる血管の老化を守ります。お肌に良いと言われるビタミンが含まれているので、美容効果も期待することもできます。またエネルギー変換することをサポートして脂肪蓄積を防止するので、ダイエット中の方にもおすすめのお肉なのです。

健康食として注目される存在に

羊肉は他のお肉と比較して、低コレステロールで豊富な栄養成分が含まれています。このことから大きな注目を集めて全国的にジンギスカンブームが巻き起こっていきます。

全国的なジンギスカンブーム

2004年頃に起きた全国的なジンギスカンブームのきっかけには大きな出来事がありました。アメリカで起きたBSE問題です。アメリカ産牛肉が輸入禁止となったことで、焼肉や牛丼などの外食産業にも大きな影響を及ぼし、その中で大きく羊肉に注目が集まるようになります。当時チルドなど輸送技術の発達によって、新鮮な羊肉でクセが少ないものを届けられるようになり、より栄養価の高いラム肉が選ばれるようになっていきました。

ジンギスカン全盛の時代へ

2005年末になると、大都市である東京都に200店舗以上のジンギスカン専門店が登場し、ジンギスカンの全盛を極めていくのです。こうしてジンギスカンブームをきっかけに、新鮮な羊肉が北海道以外の各地域に流通するようになり、ジンギスカンの認知度が高まっていきます。スーパーにもラム肉が置かれるようになるなど、北海道発祥のジンギスカンは日本全国で受け入れられ多くの人に食べられるようになるまでに発展を遂げています。

まとめ

ここではジンギスカンが世の中に広まったきっかけを遡り、ジンギスカンの歴史についてお届けしてきました。今では誰もが知っているジンギスカンですが、その歴史を色々な角度から紐解いていくと面白い歴史がありますよね。ジンギスカンを知らない方、知っている方も、改めてジンギスカンに興味を持つきっかけになったら嬉しいです。是非ジンギスカンを試してみて下さい。

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